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2005年06月30日

羽田空港第2旅客ターミナルビル

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写真は羽田空港第2旅客ターミナルビルの出発搭乗フロアー。今年は入ってからの出張・・飛行機で出かける出張は全てJALだったので、出来たてほやほやの第2旅客ターミナルビルを使うことが無かったのですが、今回は満を侍してANAを利用したのでやっと第2旅客ターミナルビルを見ることが出来ました。この出張は現場の視察を兼ねた出張だったのでクライアントと一緒に出かけたのですが、集合時間より1時間前に着いて見物しました(笑)。新しい空港はやっぱり良いですね。。

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設計は、MHS(松田平田設計)、NTTファシリティーズ、シーザー・ペリ&アソシエイツの3社コラボレーション。総事業費で約670億円をかけた巨大プロジェクトで去年の12/1(だったと思います)にオープン。このターミナルはANAとAirdoが乗り入れしており、このターミナルの完成で直接搭乗率(ターミナルからそのまま飛行機に乗れる)が完成前の6割から9割に向上したようです。直接搭乗率の事で言うと完成前のANAで行先がローカル空港(富山空港とか庄内空港など)だとターミナルから一端バスに乗って飛行機プールまで運ばれてタラップを上るような事があったのですが、これはバリアフリーの観点から見るとものすごくお粗末なわけですね。これが解消されただけでも意義は大きいと思います。

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デザイン的には開放的で軽い印象ですが、基本デザインのコンセプトが海と言うことと、アーバンを感じる中にリゾート的な要素を盛り込んだだけあって、色々な工夫が見られます。海の凪や揺らぎを感じるルーフデザイン(これはプロペラのモチーフでもあるようですが)、透明感を感じるガラスウォールなど陰影をはっきり付けている部分では非常に今っぽい建築物です。スリットが入っているせいか抜けを感じる空間構成で、サインシステムもガラスにシャープなピクトグラムを連動させているので見やすくて優しい印象も受けます。利用するのが楽しくなるターミナルビルです。

最低でも来月までに2回利用することになるのですが、よく観察して見ようと思っています。


2005年06月08日

リーフレット

主に新規の得意先に配るリーフレットが出来上がってきました。去年、今年手がけたプロジェクトを中心に3枚折りのマットコート紙にプリントしたものです。表はスミで内側は白+スミの硬派な感じですが(笑)、構成も偏らないように注意して編集したので印刷屋から上がってきたときは悦に浸れました。この手の、いわゆる販促物は枚数を刷り込んでしまうと刷新しにくくなってしまう(常に最新の内容にしたいので)為、どうしても小ロット(100~500枚)で発注したいのですが、なかなか対応してくれる印刷屋さんが少ない。僕の所は去年から取り引きしている印刷屋さんでお願いしているのですがオンデマンドの小ロット印刷に対応してくれて、価格も良心的なので助かっています。名刺も封筒も同じ印刷屋さんに発注しています。

日本橋界隈はキンコーズなどのDTPセンターが交差点毎にあるのでプレゼン前の大量プリント&製本とかはキンコーズ、プリントの仕上がり重視の場合は印刷屋さんと使い分けをしています。キンコーズが事務所の近くにあるのは重要です(笑)。ちなみに印刷屋さん密度も結構濃いです(笑)。。


2005年06月02日

JR西日本と京都駅ビルコンペ


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脱線事故で露出の多いJR西日本ですが、時が経つにつれて経営方針や会社の体質に問題があるような記事を多く見かけます。その中で先週のAERA(5.23号)で日本を代表する哲学者、梅原猛さんが14年前の京都駅ビルコンペ審査員の体験から「今までの人生でいちばんいやな思いをした会社はJR西日本」と述べています。

これはコンペの審査過程での事ですが、審査した審査員(梅原猛さん、京大の川崎教授、京都商工会議所の塚本会頭、建築家で関空設計のレンゾピアノ、建築家ハンス・ホライン、JR西日本の取締役他数名)のうち、梅原さんと塚本会頭、レンゾピアノ、ハンスホラインは安藤忠雄のプランを推したそうです。それに難癖つけたのがJR側で「金がかかる」「高さの問題で建築が難しい」「危険である」と。要はプログラムの中に「高さの制限はない」としておきながら、結局ビルの高さが一番低い原広司のプランで決まったいきさつがあったようです。この決定過程の会議でレンゾピアノは激怒して、退席しレセプションも欠席。ハンス・ホラインも「我々専門家の意見をなぜ尊重してくれないのか」と嘆き、梅原さんも猛抗議したようですが最初から結果が決まっていた、出来レースだったことが京都駅ビルコンペの真相のようです。これは国辱だと抗議に対しても聞く耳持たず、JRの役員はせせら笑って相手にされなかったと記されています。

要は伯をつけるために地元の有力者、世界的著名な建築家、有識者を集めたに過ぎないのではないかと言っているわけです。このコンペは当時からその後数年物議を醸したのですが、当時僕は日本にいなかった事と今のようにインターネットが無かった事もあって、専門誌でその背景やいきさつを知る程度でした。また、最終的に決まった原広司のプランも京都駅を南北に分断してしまうプランで、建築業界の人たちだけでなく京都の住民からも疑問の声が挙がった事もあり設計内容に対して物議を醸したような記憶があります。コンペを決定するプロセスで「裏の事情」があった事を知って、とても残念でなりません。公平であることがコンペの最低条件な訳ですからね。

このコンペの真相を梅原さんはメディアを使って公表するのですが、それに対してJR西日本は逆上し「審査員に選んでやったのに何をするか」と言ったようです。プロセスに問題があるのに判っていないわけですね。"人を人と思わない企業体質"という梅原猛さんからの厳しい指摘をJR西日本の新しい経営陣が真摯に受け止めて、なぜそのような組織体質になってしまったのか改めて考えないと変わらないと思います。その原因を突き止めることができれば組織風土は変わるかもしれませんね。

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