書体の事・・・ヒラギノ・フォント

MacOSXのリリースでデフォルトフォントとなったヒラギノ・フォントについて個人的な想いも込めて書こうと思います。ヒラギノ・フォントとは大日本スクリーンが発売元として書体開発会社・字游工房の創業者であり当時の社長であったタイプフェイスデザイナー・鈴木勉さんによって開発された書体です。
1993年に明朝体が完成し、1996年にゴシック体が誕生します。写植の時代からオンデマンド&オフセット・デジタルプリントへ移行する時期に生まれた書体になるわけですが、開発当時は写研のゴナシリーズ、モリサワの中ゴシック体、新ゴシック体シリーズ、MB101シリーズ、そしてリョービのナウシリーズあたりが全盛であり、大日本スクリーンにとってプリントシェアを伸ばす意味でも書体を自社開発することはメーカーにとって重要なミッションだったわけです。
日本のタイプフェイスデザインの歴史の中で外せない一人でもある鈴木勉さんが写研から独立して初めて作ったフォントでもあるヒラギノですが面白いエピソードがあります。後日、字游工房の社長になる鳥海修さんが「鈴木勉本」で語ったエピソードです。。
・・・「制作したものを、外部の方々に直接会って評価していただいたことがある。褒める人もいたが褒めない人もいた。筆者は「良くない」と言われるとまず不機嫌になり、次に思い当たる節があるとがっかりして「あぁ」とため息が出てしまう癖がある。こんな筆者を見て「これはおまえの書体じゃない。いいか、みんなの書体なんだぞ。良くても悪くてもみんなの責任なんだぞ」と言い、「褒めてるのなんか参考にならない。駄目だと言われることがありがたいんだ」とも言った。市場に対してヒラギノ明朝体を宣伝するに際して、大日本スクリーン製造から「鈴木勉デザインとしたい」との要望が出された。このとき鈴木は頑なに拒んだ。ヒラギノ明朝体は自分一人で作ったのではなく、字游工房のみんなで作ったものだから、出すのなら字游工房の名前を出してほしい、というのが鈴木の考えだった。結局、大日本スクリーン製造が「字游工房デザイン」を受け入れてくれたおかげで、字游工房の今があるのだと思う。鈴木はヒラギノ明朝体を通して、人を育てることに心がけていたと同時に、字游工房を桧舞台に押し上げたような気がする」・・・と。
僕がこの「ヒラギノ」と出会うのが確か1995年でタイプフェイスの書籍の中で、紹介されている記事を見たのが初めてでした。元々建築・商業施設のデザインをメインに活動していたのでDTPの世界の話は疎かった(1993年にMacintosh用PostScriptは既に発売されていた)のですが、見た当初の印象は「なんてスタイリッシュな書体なんだ」と衝撃を覚えたことを昨日のように覚えています。日本語の書体の場合、縦組みか横組みか?はたまた両方かを予め決めてデザインしないといけないのですが、ヒラギノはどちらでもプロポーション良くデザインされていて、良く比較されるモリサワの新ゴシック体よりもスマートだったのですね。後にスリムなプロポーションの書体はあちこちで登場するのですが。
それが月日も経って、MacOSXに搭載されたときの驚きも忘れられません。Mac OS Xの日本語版開発において、表現力豊かで多彩な日本語の文字をコンシューマからパブリッシングプロフェッショナルまでのすべてのユーザーが利用できるようにしたいアップルと、最高の品質と大幅拡張した文字数を持つ日本語フォントを日本のパソコン市場からデスクトップパブリッシングデザイン・製版・印刷市場シェアを上げたい大日本スクリーンの両社の思惑が一致したことで決まった訳ですが日本語はその膨大な文字数がパーソナルコンピューターへの搭載ネックになっていたのですね。拡張文字数の多いプロ品質のフォントをOSにバンドルしたということと、モリサワとの決別を決断したことに、業界では『ヒラギノショック』と呼ばれ衝撃が走ったのは余りにも有名で、実際モリサワ社内では寝耳に水で蜂の巣をつついたような騒ぎだったとか。拡張文字数の多い日本語フォントのフルセットを買おうものなら平気で数十万の出費を覚悟しないといけないわけですからね。それがデフォルトでOSにバンドルされたのは計り知れない影響力があるわけです。
自分が愛用しているコンピューターに印象深いフォントがデフォルトで搭載されれば他の日本語フォントを使う理由が無くなるわけです(笑)。冗談ですが僕の事務所ではこのヒラギノゴシック&明朝(パッケージ版)とモトヤappoloを和文タイプのデフォルトとして使っています。個人的にとても思い入れのある書体・・・それがヒラギノ・フォントです。。

























